東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)251号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実、審決の理由の要点のうち、1(本願発明の要旨認定)、2(引用例の記載の認定)、3(本願発明と引用発明の対比)中(1)の「両発明はともに各線鐶の連結間隔を密にする点で共通である」との点を除くその余の認定判断及び同4(審決の認定した両発明の相違点に対する判断)はいずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、審決の取消事由について検討する。
1 本願発明について
(一) 当事者間に争いのない本願発明の要旨によれば、本願発明は、各線鐶に所定の電流密度で電鍍を行うに当たり、「各線鐶の連結間隔を密につめること」を要件とするものであることは明らかである。
(二) そこで、本願発明における右の「各線鐶の連結間隔を密につめる」との技術的意味及びその目的、作用効果について考える。
(1) 成立に争いのない甲第二号証の一ないし三によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、次のような趣旨の記載のあることが認められる。
<1>本願発明は、装飾用チエーンの電鍍による肉付加工法に関するものであるところ、一般に装飾用チエーンは、例えばネツクレス等に用いるのに支障がない程度には折れ曲れる、しなやかさないし滑らかさが必要であり、そのためには鎖鐶の大きさに比較してその連結間隔が短かい程、換言すれば折曲る支点の間隔が短かく単位長さの間に連結支点が多い程よい(甲第二号証の二、二頁五行~三頁七行)。<2>しかし、この連結間隔を機械的につめるには、線鐶をつなぐ工程があるため技術上一定の限界がある(同、三頁八行~四頁二行)。<3>本願発明は、線鐶の連結間隔をより密につめる方法として通常の銅電鍍用のメツキ条件で良質で緻密な電着層を肉盛りすることにより前記しなやかさないし滑らかさを得ることを見出し、常法によつて連結間隔を粗に構成した装飾用チエーンに通常の銅電鍍用のメツキ条件で良質かつ緻密な電着層を肉盛、肉付しチエーン重量を肥大化せしめて線鐶の連結間隔を密につめることによつて所期の目的を達成したものである(同四頁三行~五頁七行)。<4>本願発明における電鍍の有利な点は肉盛か外側の部分に比較的厚く、連結部分のように互に重なり合つてかげになつている所では比較的薄いことであり、しかも所要の寸法まで肥大化させることは容易でその精度も電鍍の電流、時間等によつて厳密に制御しうることであり、また、チエーンを動かしながら電鍍すると比較的電着しにくい連結支点にも肉盛されて支点間の距離が縮まる効果があり、このように鐶の空間を埋めるように電着することは連結方向に伸びる空間を少くし変形の度合を少くする効果のある他、これに圧縮変形その他の加工を施す場合に極めて有利であり、更に、本願発明法に従つて電鍍により肉付を行なうと強度を大巾に増加せしめる傾向を有し、またロウ付し又はロウ付けしない衝き合せ接合部の強度も高めるという効果があり、ロウ付を省きうるという利点も生ずる(同、五頁八行~六頁一一行)。
(2) 右の記載によると、本願発明における「各線鐶の連結間隔を密につめる」とは、チエーンを構成する線鐶の径を各線鐶の連結支点部分を含めて肥大化させること、換言すれば各線鐶の内径を小さくすることを意味し、この要件はチエーンを動かしながら電鍍することによつて達成されるものであること、そして、一般に装飾用チエーンのしなやかさないし滑らかさは、線鐶の連結間隔が短かい程良好であるが、素材チエーンの製造時に右連結間隔を機械的につめるのには限度があるところ、本願発明は、常法によつて線鐶の連結間隔を粗に構成した素材チエーンを用い通常の銅電鍍用メツキ条件でチエーンを緩めた状態で電鍍することにより、比較的電鍍しにくい連結支点部分にも緻密な電着層を肉盛りして線径を肥大化させ、線鐶の連結間隔を密につめてチエーンにしなやかさないし滑らかさを付与し、合せてチエーンの強度をも増加させるものであることが認められる。(なお、本願図面である別紙(一)図面参照)
2 引用発明について
(一) 引用例には審決の認定した記載(審決の理由の要点2)があることは前記のとおり当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証によると、審決の認定した右記載は引用発明の特許請求の範囲に相当するものであり、その発明の詳細な説明の項には、次のような趣旨の記載のあることが認められる。
<1>本願発明は電鍍によつて特異な工芸的効果を有する装飾用鎖を製造することを目的とするものであり、所定の形状をした金属製鎖を陰極としてメツキ液に浸漬し、金属製鎖の屈伸性を失わない厚みまで、いわゆる限界電流密度をかなり超え、しかも機械的強度を保持できない程には至らない範囲の電流密度で電気メツキし、析出する金属結晶を不規則に成長させて鎖の表面に粗面状の電着層を形成させる装飾用鎖の表面処理法に係るものである(一欄二九行~三八行)。<2>一般に金属を電解析出させるときの電流密度と析出する金属の状態については、(イ)電流密度がその電鍍浴に固有の条件以下では金属は全く析出しないか、析出しても水垢状に附着するのみであり、(ロ)電流密度が右条件の範囲内のときは緻密で強固な均一の結晶が析出成長し、(ハ)更に電流密度が増しいわゆる限界電流密度を超えると、被電鍍物の突出した部分には、多数の空洞を包含した粒度の粗い多孔性で脆い金属層が厚く析出し、また谷間のように深く凹んだ部分には粒度の細かい金属層が薄く析出し、(ニ)電流密度が更に増すと析出金属は粉末状となり、こすれば簡単に脱落してしまうような脆い金属粉の塊まりが付着することが知られているが、本発明においては、右の(ハ)のいわゆる電界密度をかなり超え、かつ(ニ)の機械的強度を保持できない程には至らない範囲の電流密度でメツキを施すものである(二欄二八行~三欄三七行)。<3>そして具体的には、金属鎖を金属枠に緊張した状態で取付けてメツキ浴に入れメツキを施すもので、その際鎖鐶の外方に向つて突出している部分には急速に電着が進行し、鎖鐶の内側は電着が余り進行せず、また、鎖鐶連繋部の隙間は電着が進むにつれて次第に狭くなり、そして若干の隙間を残して電着が行なわれなくなり、この隙間が使用上必要不可欠な程度の屈伸性を維持するものである(四欄一一行~五欄一六行、図面第一~第一二図)。
(二) 右引用例の記載によれば、引用発明は、限界電流密度を超えるという特殊な条件下で装飾用金属鎖(素材チエーン)に電鍍することにより、鎖(線鐶)の表面に粗面上の電着層を形成させ、これにより特異な工芸的効果を付与するものであるが、その際鎖全体(素材チエーン全体)を金属枠に緊張した状態で電鍍を行うので、鎖(線鐶)の外方に突出する部分には厚く電着層が形成され、また鎖の内部の空間にも若干の隙間を残して電着層が形成されるが、鎖の連結支点部分には電着層が形成されず、右部分では肉盛りして肥大化することがないものであることが認められる(引用例に記載の図面である別紙(二)図面参照)。
3 両発明の対比について
(一) 以上1、2に検討したところによつて明らかなとおり、本願発明は各線鐶の連結間隔を密につめることを構成要件とし、この構成と所定の電流密度に関する要件とが相まつて素材チエーンに緻密な銅電着層を形成させ線鐶の連結支点部分をも肥大化させることによつてチエーンにしなやかさ滑らかさ等を付与するものであるのに対し、引用発明は特殊な電鍍条件を採用しかつチエーンを金属枠に緊張した状態でチエーンの外方に突出する部分に厚くかつ粗面状の電着層を形成させて工芸的効果を付与するものであつて、各線鐶の連結間隔を密につめるものではない。
(二) そうすると、両発明は各線鐶の連結間隔を密につめるか否かの点で構成上相違し、かつ、この構成上の差異は、審決の認定する他の構成上の差異(電流密度に関する差異)と相まつて両発明の目的及び作用効果上の差異を生じさせるものであるから、両発明においてそれぞれ重要な意義を有するものといわなければならない。
従つて、審決が両発明はともに各線鐶の連結間隔を密につめる点で共通であると認定した点は誤つており、かつ、この誤りは審決の結論に影響を及ぼすものであることは明らかである。
4 被告の主張について
(一) 被告の主張1について
被告が引用発明における電流密度が本願発明のそれを包含する根拠として引用する引用例の記載部分(二欄三二行~末行)は、前記2、(一)、<2>の記載中(ロ)に相当する部分であるが、この記載部分は、その後の記載部分と合せみれば明らかなとおり、電鍍における電流密度を(イ)ないし(ニ)のように順次高めた場合に電着層の形態がこれに応じて変化するとの従来周知の技術事項について記載された一部分であるところ、引用発明はこのうち本願発明の電流密度に相当する(ロ)の条件に該当しない条件である(ハ)の電流密度を超えかつ(ニ)の程度に至らない特殊な条件を採用することによつて、同発明の目的とする工芸的効果が得られるものであることを述べているのである。従つて、引用例の右記載を根拠として引用発明における電流密度が本願発明のそれを包含するものであるとは到底いえない。
そして、引用発明の電流密度が本願発明のそれを包含しなければ、引用発明では各線鐶が密につまらず、本願発明と構成上相違することは被告の認めて争わないところであるから、被告の主張1は採用できない。
(二) 被告の主張2について
前掲甲第二号証の二によれば、本願明細書には被告が主張するとおりの記載があるが、この記載はそれ自体から明らかなとおり、本願発明において線鐶の連結支点部分に電鍍(肉盛)がされないとしているものではなく、外側部分と比較すると大小の差異はあるが、連結部分にも電鍍(肉盛)がされていることを述べているのである。そして、個々の線鐶における連結支点部分の肉盛がたとえ僅かであつても、装飾用チエーンがネツクレス等に見られるように通常極めて多数の線鐶の結合によつて構成されるものであることからすれば、チエーン全体に及ぼす影響が微少であるといえないことは容易に理解できるところである。従つて、被告の主張する本願明細書の記載は前記1、3の認定判断を左右しない。
次に、本願図面第一図(別紙(一)図面第一図)を見ると、電鍍による肉盛り前(a)と肉盛り後(d)との間に線鐶の連結間隔に殆んど差異がないように図示されており、連結間隔が密になる状態が明確に示されていない点で必ずしも適切な図面とはいい難い。しかし、本願発明において各線鐶を密につめることについては前記1に認定のとおり本願明細書に明記されているところであり、この明細書の記載と対比しつつ同図を見ると、線鐶の外側と内側とに電鍍による肉盛りの程度に大小の差はあつても線鐶全体が肥大化する状態を容易に読みとることができる。そして、前述のとおり個々の線鐶における連結支点部分の肉盛りが僅かであつてもチエーン全体に及ぼす影響は微少であるとはいえない。
そうすると、本願図面が線鐶の連結間隔を密につめる点についての記載が必ずしも適切とはいえず、また本願明細書に連結間隔がどの程度密につめるかについて具体的記載がないとしても、本願発明における線鐶の連結間隔を密につめる点が引用発明と対比して単なる表現の差異に過ぎないとかその差異が技術的意味を有しないとすることはできない。
よつて、被告の主張2も採用できない。
(三) 被告の主張3について
本願発明の目的と引用発明の目的とが明確に相違すること、また、両発明が構成上相違する結果その作用効果も異なることは前記1ないし3に詳細判示したところである。
よつて、被告の主張3も採用できない。
5 以上の説示によつて明らかなとおり、審決は、引用発明を誤認したため本願発明と引用発明との対比判断を誤つており、その結果本願発明が引用発明から容易に推考できるとの誤つた結論に至つたものであるから、違法として取消を免れない。
三 よつて、原告の本訴請求を認容する。
〔編証その二〕 本願発明の特許請求の範囲第一項は左のとおりである。
各線鐶がその線径に対して十分大きな内径をもつて相互に連結されている装飾用銅合金製チエーンを素材としてCuSO4―H2SO4。メツキ浴を用いて約一・五~二A/dm2程度の電流密度で電鍍を行ない、上記素材チエーン表面に耐圧縮変形加工性のよい緻密な銅電着層を肉盛して肥大化させると共に各線鐶の連結間隔を密につめることを特徴とする装飾用チエーンの電鍍肉付加工法
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙(一)
<省略>
別紙(二)
<省略>
<省略>